An ordinary life with extraordinary journeys ✈︎

“Oh Darling, Let’s Be Adventurers.” 旅、映画、写真とか

てつがくのおはなし

ヨガをやっていると、マットの上で体を動かすだけではなくて、食事に気をつけたり、人との関係や過ごし方を気にしたり、哲学の勉強をしたり、生活の全てが巻き込まれていきます。

 

巻き込まれる、というか、全部が繋がってくるというか。

ただマットの上で色々なポーズを取るだけがヨガではない、ということに気がついてくるの。

 

わたし、結構哲学の勉強が好きで、色々学んでは、自分の考えをノートに書き出したり人に話したりしているのだけど

 

ヨガ哲学の核心的な部分て、なんといっても、シンプルに、平穏に生きることが一番快適で、それが幸せである。みたいな感じで説明される。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

 

毎日変わらずにマットの上で練習をして、マットを降りても、規律を持って過ごして、周りの人への感謝と愛を忘れない。

 

この繰り返しで、人はどんどんと無駄が削ぎ落とされて、シンプルな方へと向かい、快適さを見つけることができる。

 

わたしの先生も、いつも言うことは大体決まっている。

 

周りに感謝を持って過ごしましょうとか、

毎日のルーティーンが大切ですとか、

調和と秩序を意識しましょうとか、

誰かの為に動くにはまず自分が強くありましょうとか、そのくらい。

 

初めは、失礼にもいつも同じこと繰り返してるなーなんて思いながら聞いていたこともあったけど、

今になって思うと、本当に大切なことってそんなにたくさん無くて、ほんとに先生の言っていることで全てなんだと思う。

 

 

今までの自分は、たくさん考えて、考えて考えて考えることが素晴らしいことで、其れ即ち哲学、なんて思っていたけど、ヨガだと真逆なのよね。それにも驚く日々。

ヨガの教える哲学についてたくさんの言葉で説明しようとしているうちは、まだヨガの哲学を語れる域に達していないのだろうな〜。

 

 

「シンプルであろう」と意識すること自体は簡単だけど、それを実践するのは難しいのよね。

この葛藤に苦しむ日々だけど、葛藤の先に何か変化があってもなくても、この葛藤は無駄にはならないと信じて。

 

まずは目の前のことを、先延ばしにせず「今」やることから始めるのが、大きな一歩。

 

さて、今のわたしがやるべき目の前のことは、夕飯の買い物です。

それではいってまいります🙏

ぼくは勉強ができない

たまたま家にあったので、電車の暇つぶしにと出かける前に特に何も考えずに手に取った山田詠美の作品。

 

ふと思い立ったときに何度か読み返してるけど、多分今回五年ぶりくらい??

 

同じ本を何度も読んだり、同じ映画を何度も観ると、そのときの年齢、環境、精神状態やなんかで毎度受け取り方が変わって面白いななんて思ってたけど。

 

しかし今回のぼくは勉強ができないについては、

新しい本を初めて読んでるのかって思うくらいに感じ方が違うから、びっくりしてる。

 

それは、ここ最近ヨガ哲学勉強してたおかげなのかなぁと思う。

ヨガの哲学のお陰で、色んな小さいことに気がつくことができるようになって、

今はちょうど、自分自身、生まれて初めて本当に昔の自分の性格とか親の性格とか育った環境とかを振り返ることができている時期で。

そんなことばっかりやってる最中に読んでみた山田詠美、すごく哲学的だと感じることが多くて不思議な感覚になってる。

 

そう考えると、新しい視点を身に付ける度に同じ本や映画に触れれば、何度も何度もその作品を新鮮な気持ちで味わえることになる。すごい得した気分になるわね。笑

 

 

新しい視点を持つって大切。

そんなことに気づかせてくれてありがとう時田くん。

ヨレヨレになった本を片手にしみじみ。

 

ヨガ哲学の話も、そのうちアウトプットしていきたいなー。

 

人から見られる職業

ヨガの先生になるために半年以上前から勉強中なんですが

 

最近よく考えるのが、

ヨガの先生って人から見られる職業の中でも飛び抜けて色々なことに気を遣わないといけない存在だなということ。

 

モデルとか芸能人とか、最近だとインフルエンサー?とか

ああいう人たちって、可愛くてキラキラした生活してて眩しいし憧れるけど

みんな結局画面越しの存在であって、見る側のわたしたちだって、そのアップされる写真や映像は加工済みで、きっと上澄みだけ見せられているんだろう、というのを何処かで感じていると思う。

見られる側と見る側に、分厚いフィルターがあることが暗黙の了解、みたいな。

 

で、これがなんですが

ヨガの先生には当てはまらない気がしていてですね。

 

オンラインクラスとかYouTuber先生は置いといて

 

ヨガの先生って基本的に生徒の目の前でクラスするから、肌も筋肉も体型も、何を着ているかも、全部見られる。

隠れる所が全く無い!って印象しかない。

 

しかも、人が思い描くヨガのイメージって

・続けてたら体が柔らかくなる

・やせる

・筋肉がつく

・食事や睡眠に気を遣うようになる=丁寧な暮らし

・心が安定してくる

 

こんな感じで、少なからずこういう効果を求めたりそれに近づきたいと憧れてるのかなと思っていて。

まぁひとつ言っておくとヨガやっても痩せはしないんですがね!

 

で、これはつまりヨガの先生っていうのは

・柔軟性があって

・バランス良く筋肉がついた体をしていて

・もちろん痩せていて

・丁寧な暮らしによって健康だから肌荒れや便秘知らずで

・怒ったり不機嫌になったりせず穏やか

 

みたいな存在でいることが求められているんじゃないかと想像してしまう。

こんなこと考えて、先生になる前から一人でハラハラしている笑

 

 

ヨガの美しさって「引き算の美」だと思っていて、それは間違いないと思う。

必要以上に筋トレしたりばっちりメイクをするのではなく、日々練習と向き合う中で、自然と無駄が削ぎ落とされている感じというか。

やっぱりヨガをちゃんとやってる人には、無駄な筋肉はつけないし、化粧も殆どしないし(肌が綺麗な前提で)、食べ過ぎたり物を持ち過ぎることもなく暮らしている、みたいなことが共通していると思う。

 

ヨガに対してこの引き算の美しさのイメージを持つ人がどのくらいいるかわからないけど、少なくともわたしはそう考えているし、わたしが習っている先生はみんなそういう美しさを兼ね備えている人達だ。

 

だから自分が先生になろうと思ったら、これを体現するのか、と考えるとヨガの先生ってやべーーハードルたけぇ。ってなる。

 

ヨガを淡々とやっていれば、こういう他人がどう考えるかなんて全く気にならないようになるはずなんですけどね。。。

やってくうちに気にならなくなるものなのかもしれないし、色々揉まれて結果的に無駄が削ぎ落とされるかもしれないし。

きっとその両方だろうな。

 

いずれにしても、先生になるならないに関わらず

今の自分には無駄が多いし中途半端なことが多いから、

誰に見られても恥ずかしくない先生になるぞ!というのをモチベーションに、頑張ってみようかと思います。

わたしが自分の先生に憧れるように、いつかは誰か一人でもわたしという存在に憧れる人が現れるかもしれないその日のために。笑

 

これで今まで何処か適当にやってたダイエットとか体調管理とか、哲学の勉強とか、やらなきゃいけない状況になったな。

うまく追い込めたかも‥‥!笑

女王様のカバンの中身に見るエフォートレスの頂点

わたくしが崇拝するエフォートレスクイーンことAlexa Chung様

msmi.hatenablog.com

 

そんな彼女、YouTubeチャンネルがあって。

そこで観たひとつの動画に衝撃を受けました。

もうこのたかが5分程度の動画に、彼女の全てが凝縮されている。

わたしが憧れるのって、まさにこれ‥‥!

 

雑誌とかYouTubeでよくある「カバンの中身紹介」ってやつ。

彼女もこれをやっているわけなんだけど、それはもう正直で、何ひとつ包み隠すことなく曝け出していて、観ていてすごく気持ちがいい。

 

www.youtube.com

 

 

最初に「煙草なんて吸うなよ」と言いながら煙草の箱を取り出すところが最高。

まぁAlexa=Smokeのイメージはかなり強いから、これは狙ってやってる感あるけど。

コンタクトとか古いタンポンがいくつも出てきたところには、たまに同じことするから嬉しくなり、そこを隠さない彼女をますます好きになり、ひとつひとつのものにエピソードをつけて紹介する姿も最高にチャーミングで

 

そんでもってブラまで出てきたときにはもう声も出なかったわ。

 

なんなんこの人、まじで。

30代半ばでこの無邪気さは恐ろしい。良い意味で。

 

女優だのモデルだのが公開しているカバンの中身なんて鼻から信用してなかったから、やっと本物を見せてもらえた〜!という感じもして好感度も爆上がり。

カバンの中身ひとつで彼女のパーソナリティとか私生活までわかってしまうような紹介の仕方、もう脱帽もんだよね。

彼女は話し方も話も着飾るところが全くなくて本当に魅力的。

恋は盲目なのでもう彼女が何しても好きは止まらないんですがね。

この動画を初めて観た日は、あまりの素晴らしさに衝撃と刺激を受けすぎて、アドレナリンだかドーパミンだかが出過ぎていたのか、布団に入ってから4時間寝付けなかった。興奮しちゃって。笑

 

まぁお気づきの通り憧れること自体が間違っているこのナチュラルさなんだけど。

ちょっとくらい、夢見させてくれよ、と思いつつ、今日もまた繰り返しこの動画を観ています。話し方とかね、そんくらい真似したっていいでしょう‥‥?!

 

彼女のYouTubeチャンネル、他の動画もほんとセンス良くて、まじでまじでおすすめやで。

ここ1年くらい更新してないのが残念でならない‥‥!!!!!

ALEXACHUNG - YouTube

一年で一番短くて一番愛おしい季節。

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きょうみたいなお天気の日。

 

ちょっと肌寒くて、でもまだ秋ではなくて

着ている服も夏を引きずってるし、足元もサンダルだったりして

布団もまだ夏仕様で薄いタオルケット一枚だけど、ベッドに横たわると冷んやりしている。

 

 

でも確実にもうあの暑さは戻らなくて、一日毎に秋に近づいていく。

 

一年でほんとに一瞬しか感じることができないこの季節

365日の中で、一番好きだ‥‥

 

「四季」の中では夏が好きで、それは何故かと聞かれると夏のイメージである綺麗な海とか太陽のキラキラした感じがわくわくするからなんだと思う。あと単純に、寒いのが苦手だから暑い方が調子良いんだよね。

 

でもその「四季」に当てはめることの出来ないこの夏と秋の狭間の空気、これは夏よりも断然好き。

 

この狭間の季節、昔から好きなんだけど、留学してから確実にもっともっと好きになった気がする。

 

留学したのがちょうど9月の終わり頃だったから、こんな天気の日には必ずその頃の記憶が蘇る。

 

イギリスに初めて降り立った日、やっぱりちょっと肌寒くて、霧雨が降っていて、どんよりしてた。

あのときの感覚とか匂いとか見た景色とか全部、本当に文字通り一生忘れないと思う。

 

 

「良い天気」とは決して言えないけど、わたしにとってはイギリスを思い出す愛おしい天気。

 

イギリスの良いところは、この天気が比較的長く味わえるところかもしれない。

全然スッキリしないしわくわくしないし、ただひたすらに切ない気持ちが込み上げてくるだけだから、嫌いだっていう人もいるだろうけど、わたしには何故かそれがたまらなく心地良い。

 

懐かしいよ、イギリス。。。

 

留学していた頃を思い出すけど、

別にあの頃に戻りたいとか、若い頃を想ってこの季節に切ない気持ちになるとか、

そういうのとはまたちょっと違う。

単純に、イギリスの土地を思い出すっていう方が強いかも。

 

わたしのイギリスへの恋い焦がれようは、自分でも説明できないけど、かなりすごい。

すごい重たくて恋人にウザがられる女の子程にはすごい。

何回ロンドンに行っても泣くほど嬉しい気持ちになるし、住みたいと思うし、一生帰りたくないと思う。

でもなんでか、自分の心の中で、ここは永遠に憧れの地であるべきというアイデアがあって、実際に住もうとかそういう努力はしない。でも大好き。変なの。

自分でもめんどくさいと思うけど、わたしとイギリスの距離感ってこんな感じで、自分でもそれがちょうどいいとどこかで納得している。

だから一年のうちこの時期だけ、目一杯イギリスを想って切ない気持ちに浸る。

 

もしかしたらこれはわたしに必要な儀式なのかもしれない、とすら思う。

 

それで、一年中こういう切ない気分でいるわけにもいかないから、

こういうお天気の日は年に数日しかなくて、ちょうどいいバランスなんだろう。

だからこそ、愛おしいと思えるんだろう。

 

うまくできてるなー。

 

とりあえずは今年もこの短い季節を噛み締めて過ごそう。

努力して手に入れたい「エフォートレス」。憧れのあの人への険しい道のり

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わたしの中での永遠のテーマ、

 

それは「エフォートレス」。

 

メイクもファッションも、食事も仕事も、生き方そのものを、

さりげなくこなしたい。

 

ばっちりメイクも流行最先端のファッションも否定はしないけど、

自分に取り入れたいとは思わない。勿論そういう時期もあったけどね。

Tokyo Bopper履いてモード系大好きだったときもあるしイガリメイクに手を出したこともある。

 

でもなんかしっくりこなかったんだよなー。

 

で、改めて考えてみたら、自分が憧れるのって「さりげなさ」だなーって。

 

昔から海外のストリートスナップとかミニシアター系映画のファッションとか雰囲気が大好きだったから、

自分がいつでも惹かれていたものって、このさりげなさだったのか、と

気づいたときにとてもしっくりきた。

 

写真はロンドンで撮った一枚。

やっぱりイギリスとかヨーロッパって、エフォートレスで溢れているイメージ。笑

 

 

わたしはさりげなさが欲しいのか、と気づいたはいいけどとにかく大変。

だって意識的に力の抜けた感じを創り出さないといけないわけで。

 

何か具体的なものを目指して努力するのも簡単ではないけど、

さりげなさを演出するのって、それの何倍も努力が要る気がする。。。

 

突然ですが

わたしの憧れの人は、ダイアナ妃と、アレクサチャンです。

 

わたしが思う、「ザ・エフォートレス」

わたしの中の2大エフォートレスです。

 

ダイアナ妃はハンサムとチャーミングが混在している唯一無二の存在で、

お姫様でありながら慈善活動に熱心で、誰からも愛され

ドレスもジーパンもスウェットも着こなすとんでもないお方です。

 

アレクサチャンも、華奢な骨格が与えるクールな印象とは裏腹に

バレリーナありさらりと花柄のワンピースを着て片手には煙草。

みたいなグチャグチャした感じなのに、

その全てがひとつになって彼女という像を創り上げている。

 

多分、ほんとうに彼女たちは生来無邪気で天真爛漫な心を持っているから

総合的にあの雰囲気を醸し出せると思うんだけど、

それに近づきたいと思ったら、一体どこをどう努力すればいいんでしょうか。

 

ここで、彼女たちの服を真似しても、食事や生活スタイルを真似しても、

多分彼女たちのようにはなれないのですよ。

どんなに頑張って王子さまと結婚してもバレエしても煙草吸っても、

それではダメなんだ、そのくらい、わかる。

 

じゃあエフォートレスを諦めるのか?

それも嫌だ。

 

そうなった場合に、自分に何ができるかしらと考えたとき浮かんだのが、

 

・上品であること

・自分に正直であること

 

このふたつ。

 

世のエフォートレスな方々は皆、

抜け感があるのに凛としているし、堂々としているのに嫌らしくない。

なんかそんなイメージがある。

それはこの上品さと正直さ故なのでは、と推測してみたのです。

 

エフォートレスって、一歩間違えるとただただ不潔な印象になりかねない。

だから、上品であることは前提条件です。

メイクは最小限だけどスキンケアをしっかりするとか

綺麗に食べるとか。笑

これでけっこうなんとかなりそうな気がしています。

 

そしてふたつ目、自分に正直であること。

これも、履き違えるとただの我儘になってしまう可能性大なので、

周囲との調和を第一に考えながら、自分を貫く。

自分を出すべきところと、引っ込めるべきところをうまく見極める感じですね。

 

言うのは簡単だけど、めっちゃ大変そうやん。

 

でも案外、世の中の大半のエフォートレスって、

こういう努力の上に成り立っている気がする。

 

だからわたしも頑張れば少しでもダイアナ妃やアレクサに一歩でも近づけるかもしれない

 

エフォートレスのためにエフォートを惜しまない、

これがわたしの生涯追いかけることにしたテーマなのです。

 

 

 

 

 

「選ぶこと」は意外と疲れる。なんでも習慣にして毎日を楽にする

モーニングルーティーンが決まるようになってきてからというもの、良いことを習慣化することの大切さに気づいてしまいましたが、それと同時にわかったことが。

色々と習慣にしてしまうと、一日がとっても楽になる、ということ。

 

世の中は決まった時間でお仕事している人も多いと思うから、それを軸に毎日の色んなことのリズムが決まっていて、それが習慣化されているとおもうけど。

その「軸」を中心に、他のこともどんどん習慣化してしまえば、毎日が、人生が、楽になると思う。

 

やることややるべきことを決めずに、その場その場で選択しながら生活することも、一見何にも縛られていなくて楽なように思えるけど、実はその「その場その場での選択」っていうのは自分が思っている以上にエネルギーを使うことだから、無意識だけど繰り返しているうちに、疲れちゃったりする。

 

逆に、色んなことが決まっていると、その都度選択のために立ち止まらなくていいから、エネルギーを無駄遣いせずに、済む。そして確実に時間の節約にもなる。

 

食料品の買い出しに行くときに、事前にメモをしてから行くのと、何も決めずに行くのとでは買い物が終わったあとの疲労感が違うと思います。後者は無駄なもの色々買っちゃうこともあるし。その感じ。

 

「選択する」って、意外とエネルギー使う。自分が思ってる以上に。

考えごとをしていると時間が経つのって早いし、急いで選択しなきゃって焦って選んだものに満足いかずに後悔することもあるし、いちいち何でもかんでも選ぶのって全然効率的じゃない。

 

だから毎日、今日はどれを着て行こうとかお昼何食べようとか誰と飲みに行こうとか、無意識でも繰り返し考えてると、その疲れは確実に蓄積される。それに、常に色々な選択に迫られるお陰でマインドがの散った状態になりがち。

着る物に関しては、スティーブ・ジョブズが、わかりやすいですね。

ああやって自分でユニホーム決めてしまえば、着る物の選択に時間を割かなくてよくなって、その分を仕事とか読書とか、他の時間に使えるわけです。

 

ただ勿論、毎日の全てを習慣化するのは難しいしそれだけだと人間の人生としては余りにも味気ないので、習慣化するものと、選択するものを、決めておけばいい。

 

例えば、会社に着ていく服に命をかけている人は、朝、お洋服を選ぶ時間はしっかり取って、その分朝ご飯はトーストとコーヒー一択にするとか、職場の周りに美味しいご飯屋さんがたくさんある人は、曜日とか月に行く回数を決めてしまうとか。そうすることで、心と体の両方に余裕が生まれて、朝の支度もバタつかないし昼休みだって長く感じるかもしれない。

 

で、大事なのは、一度習慣にしてしまったものは徹底的に習慣化して、エネルギーを使わずとも行動に移せるようにする。それができると尚良いと思う。

目指すは歯磨きと同じくらい。

朝、「ああどうしよう〜今日歯磨きしようかな〜やめとこうかな〜」とはならないでしょ?笑

 

こうやって歯磨きのような当たり前の行動を増やしていくと、毎日気が散らずに色々なことに集中しやすくなる。

ルーティーンを増やして、心のゆとり、手に入れたいわ。

 

わたしの今の目標は、ヨガの練習を歯磨きみたいに毎日やること。

まだたまに、「今日は練習どうしようかな〜」って、思っちゃうときがある。

まだまだだなぁ。